第80話 白い小鳥

文字数 703文字

「わたしは家系に伝わる力を少しばかり継いだ、ただの娘よ。なのに、みんながわたしに天女のように、と期待するの。普通の娘として見てくれるのは、伊織、あなたくらいのものよ」
 ため息まじりに伊織に向ける笑顔は淡く、どこか哀し気だ。
 後は伊織も桜花も押し黙り、二人はただ歩き続けた。海岸を離れ、夏草の茂る小道に入る。天宮の屋敷はこの先だ。
 桜花がつと足を止めたのは、小道の向こう、屋敷が見えてきた時だった。
 何だろう……足元の草むらから、小さきものの気配がする。
 その気配はおびえながら、切なく助けを求めている。
「桜花?」
 急に立ち止まった桜花を、伊織が振り返る。
「どうした?」
「何かが近くにいて、助けを求めているの。たぶん小さな生き物……草むらの中よ。伊織も探してみて」
 桜花は慎重に夏草の茂みに分け入り、眼をこらして気配の主を探した。状況はよく呑みこめないが、言われるまま、伊織も同じように捜索していく。
 やがて桜花は、あ、と小さな声を上げた。
 気配の主を見つけたのだ。
 それは茂みの中にうずくまった小鳥だった。手のひらに入ってしまうほどの華奢な白い鳥は眼を閉じ、身体を小刻みに震わせている。
「助けを求めていたのは、あなただったのね」
 人に話すように桜花は小鳥に語りかけ、しゃがみこんでそうっと手を差しのべる。
「大丈夫よ。怖がらないで。あなたを傷つけたりしないから」
 桜花は両手でふんわりと小鳥をつつみこんだ。
 言葉がわかるかのように、小鳥はおとなしく桜花の手の中におさまっている。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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