第70話 血統

文字数 610文字

「鬼の岩……」
 風になびく髪をかきやりながら、藤音が不思議そうにつぶやく。
「鬼などというものが本当にいるの?」
「はい、わたくしはそう思っております。残念ながら、人の世に災いをなす『魔』は存在しております。決してその声に耳を傾けてはなりません」
「人に仇なすものは人だけではないということね」
 いくぶん皮肉めいた言い方をする藤音に、桜花は黙って一礼して後ろに下がる。
 薄闇の中で桜花の白い上着が清々(すがすが)しく動くのを、和臣はじっと見つめていた。
 やはり血統ゆえだろうか、この少女には巫女の装束がよく似合う。
 小走りにこちらに戻ってくる桜花を微笑で迎えながら、さて、どうしたものか、と和臣は思案した。
 本当は急ぐつもりなど全くなかったのだが、母に宣言してしまった手前、何がしかの形をとらねばならない。
 もっとも、よく考えてみれば、肝心の桜花にはまだ何も伝えていないのだが。
 今の桜花は九条家に仕える巫女という立場だ。
 巫女のままでは嫁ぐことはできまい。
 和臣は、この地に桜花の祖父が住んでいるのを思い出した。天宮家の当主であり、桜花の唯一の肉親だ。
 いきなり桜花に打ち明けて驚かせるより、まずは祖父に相談してみた方がよいだろう。
 今度、非番の時にでも天宮の屋敷を訪れてみようと、和臣は心に決めた。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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