第22話 柾(まさき)

文字数 507文字

 出陣の日、父のかたわらで馬に乗った弟は、頬を紅潮させて告げた。
「姉上、行ってまいります。どうかご心配なさらないでください。必ずや武勲をたててみせます」
 鎧をまとった凛々しい姿に藤音は眼をみはった。まだ子供だと思っていたのに、いつの間にこんなに成長していたのだろう。藤音が気づかないうちに、弟は立派な武人になっていたのだ。
「姉上、これを」
 馬上から柾が藤音に懐剣を手渡す。柾が元服した際に父から受け継いだ、家紋の入った見事な品だ。
「帰ってくるまで、これをわたしだと思って持っていてください」
 受け取った懐剣を胸に抱く藤音に、高揚した笑顔を向ける。
 出発の合図が鳴らされ、馬上の柾が遠ざかっていく。藤音は武運を祈りながら、その姿が見えなくなるまでじっと城門に立ちつくす。
 それが生きた弟を見た最後だった。
 九条の軍勢に敗北し、傷を負った父と共に戻ってきた柾は、冷たい(むくろ)となっていた。
 とても信じられなくて、幾度も呼びかけた。けれど答えは返ってこず、ふれた頬はひんやりと氷のように冷たかった。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み