第18話 寝所

エピソード文字数 657文字

 やがて仕度がすんだ頃を見計らったように、九条家の侍女が藤音を寝所へと呼びに来た。
 如月たちに眼で別れを告げ、藤音は城の廊下を、手に灯りを持った侍女の後をついていく。
 この先にはもう如月たちは入れない。いわば敵地にひとりきりのようなものだ。
 胸の鼓動がどくんどくん体中に響き渡っている。
 落ち着かなくては、と藤音は自分に言いきかせた。
 今はまだ不審な様子を気取られてはならない。目的を果たすまでは。
 奥まったひとつの部屋の前で侍女は足を止め、手にしていた灯りを丁重に置いた。
 静かに障子を開け、藤音に手のひらで指し示す。
 藤音が中に入ると、背後ですっと障子が閉められ、ひそやかに足音が遠ざかる。
 ほの暗い部屋の中には 寝床がふたつ敷いてあり、そのうちのひとつの上にさっきまで婚礼の席で自分の隣にいた少年が座っていた。
 藤音はそばまで歩み寄ると、座って両手をつき、黙って頭を下げた。
「え、えーと」
 自分の夫となった少年──九条隼人は困惑した顔つきで頭の後ろに手をやる。
「そんなにかしこまらないで、お顔を上げてください」
 言葉に従って顔を上げた藤音に、隼人は見惚れんばかりだった。
 婚礼の席では緊張していたし、藤音はずっとうつむいていたので、ろくに顔も見なかったのだが、改めて向きあうと噂にたがわぬ美しい姫だ。黒曜石のような深い瞳。肌は透きとおるように白く、形のいい唇には鮮やかな紅がさしてある。



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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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