第120話 違和感

文字数 588文字

「ずっとわたしは母の哀しみを見てきました。愛する者に愛されない哀しみを」
 語る和臣の表情からも、母の──霧江の愛されなかった者の悲哀が伝わってくるようだ。
「わたしは誓って、あなたにそのような思いはさせません。ですから、どうか、わたしの妻に……」
 懇願するように和臣は手を差しのべる。
 だが桜花は彼の手を取ることができない。
「なぜです? 確かにあなたは天宮の巫女。わたしとて悩まなかったわけではありません。だが、あなたのおじいさまはおっしゃってくださった。たとえ巫女の座を辞しても、あなたの力は失われはしないと。あなたの母上もそうであったと」
「……」
 無言でうつむくしかできない桜花に、和臣の声がわずかに苛立つ。
「伊織、ですか?」
 桜花の肩がびくっと揺れ、和臣は苦笑した。
「あなたは本当に正直だ。自分の心を偽れない」
 ふと不穏な気配を感じたのは、そんなやりとりの最中だった。
 何だろう、この違和感は。
 そっと周囲の気配をうかがい、その禍々しさが眼の前の和臣から発せられるものだと気づいた時。湧き上がってくる畏怖に桜花は一歩後ずさった。
「桜花どの? どうかなさいましたか」
 不思議そうに首をかしげ、桜花を見る姿は確かに和臣だ。
 けれど違う。何かが、違う。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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