第28話 孤立無援

文字数 738文字

 奥方の部屋から退出した桜花は、唇をぎゅっと結んで廊下を歩いていった。
 思いもしなかった仕打ちに涙がにじんで、周囲の景色がぼやけて見える。
 そのまま歩き続けて廊下の曲がり角まで来ると、桜花は立ち止まった。
 あたりには誰もおらず、桜花は目元を押さえ、くすんと鼻を鳴らす。ここまで来れば、もう泣いてもいいと思った時だ。
「桜花? こんなところでどうした?」
 唐突に声をかけられ、どきっとして桜花は振り返った。
 いつの間にか、そばには伊織が立っている。
「確か、今日は奥方さまに目通りするはずでは……もう終わったのか?」
 桜花の両の瞳から、涙がぽろっとこぼれ落ちる。
 伊織の顔を見たとたんに気がゆるんで、桜花はわっと泣き出した。
「お、桜花? いったい何があった?」
 状況が全くわからず、あわてふためく伊織に、桜花は眼をこすりながら、ぽつりぽつりと先刻の出来事を話していく。
「まるで、嫁いびりされているような気分だったわ」
「はあ?」
 ぷっと吹き出す伊織に、桜花は頬をふくらませて抗議する。
「ひどいわ! 笑うなんて。わたしが真剣に悩んでいるのに」
「ああ、悪い。だが、嫁いでこられたのは藤音さまであろう? なのにどうして桜花が嫁いびりされるんだ?」
「白河の侍女たちに囲まれて、孤立無援だったのよ」
「確かにあの侍女たちは強者(つわもの)ぞろいとの評判だからな」
 二人は顔を見合わせ、桜花は泣いていたにもかかわらず、つい笑ってしまう。
 伊織といる時が一番ありのままの自分でいられる気がする。いつも伊織は自分を巫女ではない、ただの桜花として見てくれるからだろう。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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