第109話 ひたむきな問い

文字数 553文字

 黙りこむ桜花を不思議に思い、そちらを向いた藤音は驚いて眼をみはった。
「なぜ、そなたが泣くの?」
 言われて初めて気づいた。自分でも知らないうちに桜花の頬を涙が流れていた。
「どうしても、だめなのですか?」 
 頬に伝わる雫をぬぐおうともせず、桜花はさらに問いかける。
「お二人で、幸せにはなれないのですか?」
 ひたむきな問いに藤音は答えられず、桜花から視線をそらした時、年配の男性の声が聞こえてきた。
「おや、お気がつかれましたかな」
 桜花があわてて頬をこする。椀を手に、髪もひげも真っ白な老人が、ゆっくりした足取りでこちらへと歩いてくる。
 老人は藤音の枕もとまで来ると、椀を置き、頭を下げた。
「奥方さまにはお初にお目にかかりますな。わたくしの名は十耶(とおや)。桜花の祖父でございます」
 簡単に挨拶をすると、老人は再び椀を手に取る。
「これはわたくしの作った薬湯にございます。見た目も味も悪うございますが、効き目は保証つきですぞ。どうぞお飲みください」
 桜花の手を借りて上半身を起こし、椀を受け取ると、藤音はまじまじと中味を見つめた。色は真っ黒で、薬草臭くて、見るからに……不味(まず)そうだ。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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