第5話 まだ見ぬ花嫁

文字数 496文字

「ご領主ともあろうお方が、妙な学問に熱中するのはお止めくださいませ」
 しかつめらしく伊織が言うと、
「この草薙は小さな国だから、金を作ることができれば領民たちも豊かになれると思うのだけど」
「金など簡単に作ることができれば 苦労はありませぬ」
 話が横にそれていきそうなのを察して、桜花がそっと袖を引き、伊織はやっと本来の目的を思い出した。
「今は錬金術などやっている場合でございません。白河から花嫁が到着いたします。早くお仕度をしなくては」
「そうだね。承知してはいるけれど……」
 主の瞳が翳るのを見て、伊織も表情を雲らせる。
「お気が進みませぬか」
 隼人はため息をひとつこぼし、誰にともなくぽつりと問いかけた。
「どんな方なのだろうな。顔も見たことのない、わたしの花嫁は」
「とても美しい姫君と聞いております」
 それ以上は伊織も答えようがなかった。この城では誰も、嫁いでくる藤音(ふじね)姫の人柄など知らないのだ。
 なぜならこの婚儀は和睦の証。いわば盟約のための縁組だったのである。

 


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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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