第36話 形見

文字数 530文字

 如月がいつまでも頭を下げたままなので、
「よくわかりませんが、とにかく面を上げてください」
 隼人がうながすと、ようやく如月は顔を上げた。
「婚礼の夜のこと、藤音さまからつい先ほど耳にいたしました。わたくしがついておりながら、あのような出来事があったとは……。すべてはこの乳母の責任でございます」
「別に如月のせいではないでしょう。それにもう済んだことです」
 如月は驚愕して隼人を見た。
 下手をすれば殺されていたかもしれないのに、こうもあっさりと「済んだこと」にできるものなのだろうか。
 どうもこの殿は変わり者というか、とんでもないお人よしのようだ。
 隼人は立ち上がると、部屋の隅に置かれた文机の引き出しから懐剣を取り出した。
「これはわたしがあの夜に藤音からあずかっておいた品です。おそらくは大切なものでしょう」
 黙ってやりとりを聞いていた桜花は物騒な品の出現にどきりとした。あの夜、何が起こったのか、おぼろげながら輪郭がわかってくる。
「藤音がもう少し落ち着いたら返してあげてください」
 手渡された懐剣を見て如月は息を呑んだ。
「これは、(まさき)さまの形見……」
 出陣する前に柾が藤音に贈ったところを如月も見ている。藤音はこの懐剣で弟の仇を──隼人を殺めるつもりでいたのだ。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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