第181話 告げる想い

文字数 554文字

 共に過ごしてきた、幾つもの季節。記憶の欠片がつなぎあわされ、甦ってくる。 
 桜花の頬をつうっと涙が伝い落ちた。
「伊織──伊織!」
 何度も名を繰り返しながら、ぎゅっと背中に腕を回す。 
 どうして忘れてなどいられたのだろう。こんなにも大切なひとのことを。
 すべての記憶は呼び覚まされ、桜花は自分自身を取り戻す。そんな桜花を胸に(いだ)いたまま、伊織は今まで口に出せなかった想いを告げる。
「俺は桜花が好きだ。笑ったり、悩んだり、泣いたり……懸命に生きる、ひとりの娘としての桜花が」
 あまりに突然の告白に、桜花はただ眼を見開くばかりだ。
「ずっとためらっていた。天宮の巫女である桜花を愛することは……妻にと望むことは、許されない罪ではないかと。そうやって俺が何も言いだせないでいるうちに、兄上が桜花に求婚してしまった」
 心地よい腕の中で黙って耳をかたむける桜花に、伊織はさらに続けて、
「けれど今回の件ではっきりと自分の気持ちを思い知らされた。俺は桜花と一緒に生きていきたい。他の誰でもない、桜花と」
 迷いのないまっすぐなまなざしを受け止め、桜花は伊織の頬にふれてみる。夢でないことを確かめるように。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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