第78話 母の手

文字数 604文字

 瘴気の受け方には人によって差がある。桜花は近くまで来ただけでひどい影響を受けたのに、伊織はさほどではなかったように。
 この子供は夢中で遊んでいて自分でも気づかないうちに、強い瘴気を浴びてしまったのだろう。
 桜花は子供の枕もとにかがみこみ、額にそっと触れた。
 かなりの高熱だ。小さな体には負担が大きすぎる。
 とにかく熱を下げなくては……と考えていた時だった。
 脳裏にふっと白い優しい手が浮かんだ。
 それは──母の手。
 同時に記憶が鮮明に甦ってくる。昔、自分のそばで、病に苦しむ者を癒していた母の姿が。
 理屈より先に体が動いた。母がしていたように、桜花は子供の額に手を当てた。
 額に手を当てたまま、意識を集中する。
 熱をいったん自分の右手に移し、枕の近くに置かれた桶の水に、その手を入れる。
 手のひらに移された熱は一瞬、水を泡立て、消滅する。
 一連の様子を見届けると、桜花は子供に視線を移し、安堵の笑みを浮かべた。
 顔の病的な赤みが消え、呼吸も先ほどより楽になっている。額に手をやって確かめると、熱は下がっている。
 その間、伊織は無言で、ただ桜花のやることを見つめていた。
 このような桜花を眼にするのは初めてだ。
 病に苦しむ子供を癒す姿は、普段とはまるで違い、神々しくさえ感じられる。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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