第180話 生を紡ぐ場所

文字数 450文字

 行こうとする先には篝火の焚かれた巨大な岩の門。
 伊織は直感した。あの向こうに足を踏み入れてしまったら、二度と戻ってこられない。
 何としてでも止めなくては。
 だが、どうすればいい?
 どうしたら黄泉に誘われている桜花の魂を呼び戻せるのか。
 焦燥にかられる伊織を導くかのように守護石が輝きを増す。
 伊織は桜花を抱き寄せ、ほっそりした手に石を握らせると、強引に唇を押しあてた。
 戻ってこい──。
 唇が重なった瞬間、強い意志が桜花の精神(こころ)を鷲づかみにし、その熱さが胸をどくん、と波打たせる。
 伊織は唇を離し、桜花の瞳を見つめて呼びかける。
「行くな! 思い出せ、伊織だ!」
 無表情だった桜花の顔にわずかに宿る生気。
「……いおり……?」
「そうだ。迎えに来た。一緒に帰ろう」
「どこへ?」 
「俺たちが生きている世界だ。争いも憎しみも悲しみもあって、よいことばかりではないが、それでも精一杯、生を紡いでいる場所だ」
 自分を包みこむ暖かな腕。胸に当てた耳から聞こえる鼓動。
 知っている。このぬくもりも、規則正しいこの音も。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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