第37話 優しさと強さ

文字数 525文字

「あの、藤音さまは何かおっしゃいましたでしょうか」
「いきさつは聞きました。わたしは弟御の仇であることも」
 仇、という言葉がさらに桜花を驚かせる。
 隼人は藤音がひとりで重い荷を背負っているようなものだと言ったけれど。隼人もまたあの日から誰にも打ちあけず、ひっそりと大きな秘密をかかえてきたのだ。
 気づかないうちに頬をひとすじの涙が伝わり、桜花はあわてて指先で雫をぬぐった。
 隼人は優しい。そしてとても強い。
「ではもうすべてご存知でいらっしゃるのですね」
 淡々とした口調で問いかける如月に、隼人はこくりとうなずく。
「如月、あなたもわたしを恨んでいますか」
 如月は静かに首を横に振った。
「全く恨んでいないと申せば嘘になりましょう。されどわたくしも乱世を生きてきた者。こうなった以上は己の運命を受け入れる所存でございます」
 如月はごく普通の武家の妻だった。
 が、戦で夫と息子を一度に失い、途方に暮れていたところに手を差しのべてくれたのが藤音の母だった。
 あまり体の丈夫でなかった奥方は、自分の娘の乳母として如月を城に迎えてくれたのである。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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