第17話 如月(きさらぎ)

エピソード文字数 634文字

 如月は眼を見開いて、大きくかぶりを振った。
「嫌でございますわ、藤音さま。今さら他人行儀な。わたくしどもはどこまでも藤音さまとご一緒いたしますとも」
 侍女たちはめいめいうなずき、如月は涙声になっている。
「ですから、まるで永遠の別れのようなことをおっしゃらないでくださいまし」
 一瞬、心が波だったが、藤音は動揺を隠して言葉を続けた。
「わたくしは小さい頃からおてんばで、如月の望むようなしとやかな姫にはなれなかった。苦労をかけてごめんなさいね」
「とんでもございません! 藤音さまはこの如月がお育てした、自慢の姫さまですわ」
 少しばかり口やかましいけれど。母が亡き後、乳母である如月ほど親身になって自分を案じてくれた者は他にいない。
 その如月も四十半ば、ゆるやかにまとめた髪に白いものが目立つようになっている。
 でも、おそらくは、もうじき如月の苦労も終わるだろうと思う。
「そろそろ寝所に行かなくては……」
 藤音は鏡の前から立ち上がり、(ふところ)に秘かにしのばせた短刀をぎゅっと握りしめた。着替えの途中で侍女たちの眼を盗んで隠し持ったものだ。九条家で用意した侍女たちを如月がすべて追い返してくれたのも幸いした。
 懐かしい故郷を出て、この国に嫁ぐと決めた時から、藤音には秘めた目的があった。
 それは、弟の仇を討つこと。
 この手で九条隼人を殺すこと──。



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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の幼馴染。始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

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