第138話 半身

文字数 594文字

 伊織の剣の腕は桜花も知っている。伊織も和臣も、ただ名門の武家の出というだけで隼人の護衛の任についたわけではないのだ。
 ひとり、またひとり、斬撃をかわし、伊織は逆刃で相手を倒していく。
 だが、相手が多すぎた。しかも容赦なく刃を向けてくる相手に、伊織はあくまで逆刃で戦わなければならない。
 徐々に息が乱れてくる。さらに桜花を助けた時に受けた傷が痛み、思うように右腕が動かせない。
 そうしているうちに、ひとりの若者の切っ先が伊織の右肩をかすめた。衝撃と痛みに思わず刀が手から落ちる。
 刀を拾おうとした伊織の上に、別の者の刃が振りかざされる。
「伊織!」
 危機に、自分の半身が引きちぎられる気がして、桜花は後先も考えずに飛び出していく。
「桜花、来るな!」
 伊織の叫ぶ声が耳を打つ。
 が、かまわずに桜花は伊織をかばって刃の前に身をさらす。
 桜花の上に刃が振り下ろされようとした刹那。
 先刻よりもさらにまばゆく、守護石が輝いた。
 光は操られていた人々を包み、鬼の傀儡から解き放つ。人々は刀を落とし、ゆっくりと倒れていく。
 伊織は片手で桜花を抱き止めながら、ほうっと息をついた。
「まったく、桜花は無茶をする」
「だって……」
 桜花は伊織の上着をしっかりつかんだまま、涙ぐんだ。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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