第103話 矛先

文字数 565文字

 底知れぬ闇から伝わってくる声。桜花は知った。間違いない。どす黒い情念の矛先は九条家に向けられている──。
 一刻も早く、不吉な場から去らねば。
 両手で藤音を抱きかかえた伊織に、吹き荒れる風にかき消されないよう、桜花が声を張り上げる。
「藤音さまを連れて、天宮の屋敷へ行って!」
 今の状況では到底、九条の館には戻れない。
 当主の奥方が夜中に館を抜け出して、しかもこのような姿で帰ってきたら、大騒ぎになるのは目に見えている。
 伊織は承知した、と答えると、藤音を腕に抱いたまま、桜花と共に走り出した。

「おじいさま! 桜花です。開けてください!」
 ようやく屋敷にたどり着いて戸を叩くと、中からかんぬきを外す音が聞こえ、祖父がひょいと顔をのぞかせる。
「桜花? いったい何事じゃ。今夜は遅くなると使いが来たかと思ったら……」
 言いかけた祖父は桜花の隣で、見知らぬ美しい娘を抱きかかえた伊織の姿に絶句した。
「もしや、このお方は……」
 祖父には隠しておけないだろう。桜花はありのままを話そうと決意する。
「お察しの通りと思います。九条家の奥方、藤音さまでございます」
 伊織の腕の中で、藤音の顔は青ざめ、(ろう)のように白い。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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