第103話 矛先
文字数 565文字
底知れぬ闇から伝わってくる声。桜花は知った。間違いない。どす黒い情念の矛先は九条家に向けられている──。
一刻も早く、不吉な場から去らねば。
両手で藤音を抱きかかえた伊織に、吹き荒れる風にかき消されないよう、桜花が声を張り上げる。
「藤音さまを連れて、天宮の屋敷へ行って!」
今の状況では到底、九条の館には戻れない。
当主の奥方が夜中に館を抜け出して、しかもこのような姿で帰ってきたら、大騒ぎになるのは目に見えている。
伊織は承知した、と答えると、藤音を腕に抱いたまま、桜花と共に走り出した。
「おじいさま! 桜花です。開けてください!」
ようやく屋敷にたどり着いて戸を叩くと、中からかんぬきを外す音が聞こえ、祖父がひょいと顔をのぞかせる。
「桜花? いったい何事じゃ。今夜は遅くなると使いが来たかと思ったら……」
言いかけた祖父は桜花の隣で、見知らぬ美しい娘を抱きかかえた伊織の姿に絶句した。
「もしや、このお方は……」
祖父には隠しておけないだろう。桜花はありのままを話そうと決意する。
「お察しの通りと思います。九条家の奥方、藤音さまでございます」
伊織の腕の中で、藤音の顔は青ざめ、蝋 のように白い。
一刻も早く、不吉な場から去らねば。
両手で藤音を抱きかかえた伊織に、吹き荒れる風にかき消されないよう、桜花が声を張り上げる。
「藤音さまを連れて、天宮の屋敷へ行って!」
今の状況では到底、九条の館には戻れない。
当主の奥方が夜中に館を抜け出して、しかもこのような姿で帰ってきたら、大騒ぎになるのは目に見えている。
伊織は承知した、と答えると、藤音を腕に抱いたまま、桜花と共に走り出した。
「おじいさま! 桜花です。開けてください!」
ようやく屋敷にたどり着いて戸を叩くと、中からかんぬきを外す音が聞こえ、祖父がひょいと顔をのぞかせる。
「桜花? いったい何事じゃ。今夜は遅くなると使いが来たかと思ったら……」
言いかけた祖父は桜花の隣で、見知らぬ美しい娘を抱きかかえた伊織の姿に絶句した。
「もしや、このお方は……」
祖父には隠しておけないだろう。桜花はありのままを話そうと決意する。
「お察しの通りと思います。九条家の奥方、藤音さまでございます」
伊織の腕の中で、藤音の顔は青ざめ、