第115話 無力感

文字数 526文字

 どうにかたどり着いた部屋の中では、危惧したように祖父が倒れていて、一時、自分の辛さも忘れて桜花は駆け寄った。
「おじいさま、しっかりなさってください!」
 耳元で声をかける桜花に、祖父はうっすらと眼を開けた。
「おお、桜花か」
 桜花の手を借り、ゆっくりと上半身を起こす。
「大丈夫じゃ。このような強い妖気、不意にくらったでな、防御もできなんだ。桜花、そなたは?」
「先ほどまでは呼吸もできないくらいでしたが、今は何とかおさまりました」
 そうか、と祖父は桜花に支えられながら、肩で息をつく。
「桜花」
 真剣なまなざしを向ける祖父に、桜花もまた真顔で視線を返す。
「これほど強力な妖気の源は、わかるな」
「はい」
 確認など必要ない。祖父と桜花の結論は同じだ。
「わしのことは心配せんでよい。鬼封じの岩に急ぎなさい」

 灰色の厚い雲の下、桜花は屋敷を出てひとり海辺を急いだ。とはいってもまだ走れるほどには回復していないので、歩くのがやっとなのだが。
 封印が解かれてしまったのなら、行ったところで自分に何ができるのだろう。無力感が桜花を(さい)なむ。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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