第107話 心まで

文字数 566文字

 どのくらいの時が流れたか、藤音がふっと眼を開けた。
「お気がつかれましたか、藤音さま」
 ほっとして微笑する桜花の横で、ゆっくりとあたりに視線を巡らせ、問いかける。
「ここは?」
「ご安心ください。天宮の、わたくしの祖父の屋敷でございます」
 なぜ自分がこの場にいるのか、確かめようともせず、藤音はふうっと大きく息をつく。
「お館には内密で使いを出しましたゆえ、じきにお迎えもまいりましょう」
「そう……」
 藤音は自分の手を包む桜花の手に眼を止め、桜花はあわてて両手を引っこめた。
「わたくしの手をずっと握っていてくれたのは、そなた?」
「はい。不躾(ぶしつけ)かとは思いましたが、お苦しそうでしたので……」
「とても暖かくて心地良かった。身体だけでなく、心まで楽になる気がしたわ。ありがとう」
 思いがけず礼を言われ、桜花は眼をまるくした。むしろ(とが)められるかもしれないと覚悟していたのに。
「あの、藤音さま」
「なあに?」
 桜花は考え考えしながら、慎重に言葉を紡いでいく。
「どうか差し出た口をきくのをお許しください。殿は……隼人さまは、藤音さまをとても大切に思っていらっしゃいます。決して人質などとは考えておられません」




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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