第75話 恋のゆくえ

文字数 537文字

 じれったいといえば。如月は自分と一緒に歩いている三人の方に視線を巡らせた。
 だてに長年、女はやっていない。
 護衛の二人の若者とひとりの巫女。その間に流れる微妙な空気くらい、たやすく読める。何やらこちらも訳ありで、ややこしそうだ。
 まあ如月の最大の関心事は藤音の幸せなので、三人の行く末にはさして興味はないのだが。
 浜から通りを少し歩くと、館の門を彩る篝火が見えてくる。
 それぞれ館に入っていく人々の想いを照らすように、頭上には月が白く輝いていた。

 隼人と藤音の散策から数日たった夕刻。
 桜花は館の自室に座り、ぼんやりと庭の向こうに見える水平線を眺めていた。
 ここ何日か、鬼の気配は感じられず、とりあえずは平穏を保っている。
 とはいえ、日々薄氷の上を渡っているようなものだ。
 静けさはいつかは破られる。
 そうなった時、どうすればよいのだろう。自分に何ができるのだろう。
「桜花」
 自分を呼ぶ声に桜花ははっと我に返り、庭をやって来る姿を見て笑みを浮かべた。
 あの鬼封じの岩に行った日から、特に用事がない限り、伊織は桜花を屋敷まで送ってくれている。
 今では少し遠回りして夕暮れの海辺を歩いて帰るのが、なんとなく二人の日課のようになっている。もちろん例の岩には不用意に近づかないが。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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