第58話 心づくし

文字数 527文字

 そこで如月が軽く咳払いする。
「ところで殿、そちらのお花は?」
 隼人は思い出したように縁側に置いた鉢植えに眼をやった。
「朝顔の鉢植えです。部屋の外に置いておけば、毎日きれいな花を咲かせてくれると思って」
「わたくしに?」
 もちろん、と快活にうなずく隼人に、藤音は朝顔を眺め、ついで持ってきた本人にまなざしを移して微笑みかけた。
「ありがとうございます。大切にいたします」
 はにかんだ微笑に、隼人は胸が高鳴るのを感じた。
 初めて藤音の笑顔を見た気がする。哀しげにうつむく姿より、笑っている方がずっと綺麗だ。
「もう少ししてあなたのお体がよくなったら、一緒に海辺を散策しましょう。潮風を浴びて、波打ち際を歩くのは気持ちよいものですよ」
 藤音は小さな声で、はい、とうなずいた。
 そもそもこの遠海行きは、体調のすぐれない自分のために隼人が取り計らってくれたものだ。
 八重桜、躑躅(つつじ)、紫陽花、今までも折々に季節の花を贈ってくれた。そして今日はみずから朝顔を届けてくれた。
 決して押しつけがましくない、さまざまな心づくしが藤音の胸に染みていく。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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