第20話 憎しみ

エピソード文字数 551文字

「わたくしは領主を殺めようとした重罪人。さっさと殺してしまいなされ!」
 叫ぶ藤音の口を隼人がふさいだ。そして小声で、
「しっ、大きな声を出さないで。周囲の者に聞きつけられます」
 藤音はその手を力をこめて払いのけ、
「聞かれてもかまいませぬ。どうせわたくしは死罪になる身。何を恐れることがありましょう。こうなった以上は、いっそあなたさまの手で──」
 とっくに覚悟はできていた。自分の行為の重大さは承知している。この場で斬り殺されようと文句は言えない。
 しかし隼人はゆっくりと首を横に振った。
「それは……できません」
 互いの息づかいが感じられるほど間近で、藤音は鋭い問いを投げかける。
「なぜでございますか!? 同情ならば無用です!」
 刃を向けられたというのに、なぜ怒らないのか。罵らないのか。どうしてそのような哀し気な表情をするのか。
 同情ではありません、と務めて冷静に隼人は答えた。
「おわかりになりませんか? あなたとわたし、どちらが死んでもこの和睦は破綻(はたん)します。あなたはせっかく整った盟約を破り、白河と草薙をまた戦場にするおつもりですか」
 藤音は言葉を失った。事の重大さは理解していたつもりだったのに、自分の憎しみに目がくらんで、そんなことは考えも及ばなかった。

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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の幼馴染。始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

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