第34話 海辺の村
文字数 540文字
「あの、ひとつご提案があるのですが」
しばらくの沈黙の後、桜花はおそるおそる申し出た。
「確か海辺の村──遠海 には九条家のお館があったかと存じます。そちらに皆さまで行かれてはいかがでしょうか」
桜花の唇からこぼれた遠海という地名に、隼人は懐かしげに眼を細めた。
「子供の頃、夏になるとよく行ったものです。あの頃は父上も母上も存命で、とても楽しかった」
ひととき、遠い日々を追うように、瞳が虚空に向けられる。
「あのお館なら海がすぐ間近。海風が吹き、城下よりは涼しいかと思います」
「夏の間、遠海の館で過ごす。よい考えかもしれませんね。白河は海のない国。海を見て波音を聞けば、少しは藤音の気も晴れるでしょう」
ひとつ、いい策が見つかった気がして、二人が微笑みあった時。
部屋の向こう、廊下で何やら騒がしいやりとりが聞こえてきた。
「いきなりおいでになられても困りまする。まずはお取次ぎを……」
「ええい、無礼など承知の上! 火急の用件ゆえ、ぜひ殿にお会いしたくまかり越しました」
何事かと思っていると、障子が開かれ、思いがけない人物に隼人と桜花は眼をしばたたかせた。
しばらくの沈黙の後、桜花はおそるおそる申し出た。
「確か海辺の村──
桜花の唇からこぼれた遠海という地名に、隼人は懐かしげに眼を細めた。
「子供の頃、夏になるとよく行ったものです。あの頃は父上も母上も存命で、とても楽しかった」
ひととき、遠い日々を追うように、瞳が虚空に向けられる。
「あのお館なら海がすぐ間近。海風が吹き、城下よりは涼しいかと思います」
「夏の間、遠海の館で過ごす。よい考えかもしれませんね。白河は海のない国。海を見て波音を聞けば、少しは藤音の気も晴れるでしょう」
ひとつ、いい策が見つかった気がして、二人が微笑みあった時。
部屋の向こう、廊下で何やら騒がしいやりとりが聞こえてきた。
「いきなりおいでになられても困りまする。まずはお取次ぎを……」
「ええい、無礼など承知の上! 火急の用件ゆえ、ぜひ殿にお会いしたくまかり越しました」
何事かと思っていると、障子が開かれ、思いがけない人物に隼人と桜花は眼をしばたたかせた。