第72話 伝承

文字数 569文字

 軽く笑む祖父に伊織は思いきって呼びかける。
「あの、祖父どの」
「何かな?」
「桜花から二つの家にまつわる伝承について聞きました。もしよろしければ、今度、祖父どのがご都合が良い時に、詳しくうかがいたいのですが」
 と、祖父の眼がきらりと輝いた。
「ほう、このじいから聞きたいとな。今からでもかまわんぞ。薬湯ができるまでの間、話してしんぜよう」
「えっ?」
 今すぐとはまるで考えていなかったので、伊織は眼をしばたたかせた。
 一方、祖父はといえば。かまどの前に二人分の椅子を出してきて、すでに語る気満々である。
「まあとにかく座りなされ。で、まずは何を聞きたいと?」
 伊織はすすめられるままに椅子に腰かけ、単刀直入に切り出した。
「桜花が口にしていました。破魔の者とは何なのですか」
「破魔の者とは天宮と桐生の、魔を封じる一対の者の呼び名じゃよ」
「その一対の者とは?」
「自然を愛し、邪気を感じ取り、人々を癒す存在──天女の末裔。一方、天女を守護し、魔物と直接戦って倒す者──龍の末裔。この二つが合わさってこそ、大きな力が発動されると言われておる」
 薬草を煎じる鍋がことこと小さな音をたてている。かまどの火が祖父と伊織の姿を赤く照らす。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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