第71話 妖気

文字数 597文字

 一方、和臣の隣で戻ってくる桜花を同じように迎えた伊織は、兄とは全く別のことを考えていた。
 先日、鬼封じの岩に近づいて瘴気を浴びてしまった桜花を、屋敷まで送っていった時だ。
 身体に変調をきたした桜花を抱きかかえるようにして屋敷に連れ帰ると、祖父は驚いて土間に飛び出してきた。
「桜花、いかがした !?
 満足に口もきけない桜花に代わって伊織が状況を説明すると、祖父は顎に手を当てて渋面を作った。
「よもや、そこまで妖気が強まっておろうとは……。そなたにはすまんことをしてしまった。今、薬湯を作るので、できるまで横になっていなさい」
 下働きの者の妻を呼び、急ぎ床の用意をさせる。
 桜花を寝かせつけると、祖父はたくさんの薬草が並べられた棚から、いくつかを選び出した。
「すまんが、伊織どの、これらの束を持っていただけるかな」 
 指示通りに薬草をかかえた伊織を従えて炊事場に入ると、祖父は大鍋に水を入れて火にかけた。
 沸騰したところで火加減を弱め、伊織から受け取った薬草をぱらぱらと入れていく。
「ところで、伊織どのは大丈夫ですかな」
 鍋から振り返る祖父に伊織はうなずいた。
「多少、不快感を覚えましたが、今は何ともありません」
「それはようござった。瘴気の受け方は人によって違いますゆえ」




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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