第95話 居室へ

文字数 587文字

「最近は眠っていることが多いのですが、起きていれば会えるでしょう。行ってみますか?」
 ぜひに、と桜花が答えると、隼人は立ち上がった。
「会えるかどうかはわかりませんが、藤音の部屋まで行ってみましょう」
 伊織と桜花だけならまだしも、当主である隼人までが一緒では内密にというわけにはいかない。
 仕方なく三人は何気ない顔をして廊下を進んでいく。
 藤音の居室は館の西側、海が見渡せる景色のよい場所だった。真っ先に三人を見つけたのは如月だ。
「まあ、殿!」
「藤音の具合はどうです?」
 如月はうなだれて首を横に振った。
「相変わらずでございます。お食事もあまり召し上がらず、うつらうつら眠ってばかり……」
「今は会えますか?」
 如月はきっぱりと、いいえ、と言い放った。
「せっかくのお越し、申し訳ございませんが、藤音さまは今は眠っておいでです。お会いすることはかないませぬ」
 先日、隼人に夜中の藤音の動向をたずねられ、自分が職務怠慢だと言われていると思ったのか、如月は、はなはだ機嫌が悪い。
「巫女さままで引き連れて、いったい何事です? 殿はあのような根も葉もない噂を本気で信じておられるのですか」
「別に、そういうわけではありませんが……」
 如月が相手では隼人も分が悪い。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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