第152話 唯姫

文字数 533文字

 娘は言葉を続けて、
 ──わたくしの名は(ゆい) あなたは?
 浅葱、と答えると、唯姫はその瞳をのぞきこみ、
 ──あなたはきれいな淡い青い瞳をしているわ。ぴったりの名前ね。
 今も耳に残る、たおやかな銀鈴のような声。
 姫の喜ぶ顔が見たくて食糧や薬草を届け、やがて浅葱は父親とも言葉をかわすようになっていた。
 父親もまた娘と同じように自分を怖れも拒絶もしなかった。
「唯姫の父は弟に領主の座を奪われ、逃れてきた者だった。弟は圧政を敷き、領民を苦しめている。どうにかして領主の座を取り戻し、民を救いたいと男は言った」
 ──浅葱どの、どうか力をお貸しくだされ。
 顔を合わせる度、傷を負った身で熱っぽく訴えてきたものだ。
「正直、人間たちの争いに興味はなかった。ただ唯姫がいた。いつしか我らは愛しあうようになっていた」
 移ろう時の中、ひとりきりで生きていた浅葱が初めて知った愛。
 月光が差しこむ古い静かな屋敷で、姫と寄り添いながら浅葱は告げた。
 ──領主に復帰するために力を借りたいという、そなたの父の申し出を受けようと思う。
 腕の中で唯姫が見上げてくる。


 

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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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