第54話 ごく普通に

文字数 476文字

 遠海での最初の夜、床についても桜花はすぐには眠れなかった。
 体は疲れているのだが、昼間に感じた不吉な「気」と、祖父の話が頭から離れないのだ。
 鬼と思われる存在は、桜花の意識の中で、復讐、という言葉を使った。
 いったい、誰に対する?
 何のための? 
 断片的で、手がかりが少なすぎて、いくら考えてもわからない。
 祖父は自分が魔を封じる者だと言ったが、とても信じられなかった。
 何の自覚もないのに、破魔の者などと、いかめしい呼び名ばかりが先走り、自分を縛りつける気がする。
 ふと伊織に会いたい、と思った。
 伝承によれば破魔の者は一対。自分が魔を封じる者なら、その一対の相手は和臣か伊織か、どちらかひとりということになる。
 でも、そんなことは関係なくて。
 いつものように伊織と言葉を交わし、他愛のない話をして笑いあいたい。今までそうしてきたように、ごく普通の若者と娘として。
 伊織の少し呑気で明るい笑顔を思い浮かべながら、桜花は眼を閉じた。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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