第73話 一対の者

文字数 624文字

「もっとも、もう何十年も魔物など現れなかった。魔が出現せねば、魔封じなど必要ない。だから伊織どのが知らないのも無理からぬこと。桜花とてつい最近までよくは知らなんだ」
「桜花は天宮の魔を封じる者なのですね」
「あの子はこの家のひとり娘。邪気を感じ取った今日の件といい、間違いなかろうて」
「では……」
 かまどの炎を見るともなく見ながら、伊織は言いよどんだ。先をうながすように祖父が視線を向ける。
「桜花と一対となる者は、誰なのでしょうか」
 伊織の質問に、祖父は一瞬眼を閉じ、ふーっと長く吐息した。
「それぞれの世代に破魔の者はひとりずつ。だが、桐生の家にはご兄弟が二人。誰かはわしにもわからん。まだ力は眠ったままであろうし」
 伊織は無言で自分の両手を見た。
 つまり、兄か、自分か、どちらかひとりということだ。
 ならば魔を封じる者とは、嫡男の兄ではないか。
 桜花があれだけ妖気の影響を受けたのに、自分は額の妙な熱さと、警告めいた違和感しか覚えなかった。
 考えるほどに、正統な血筋の兄の方がふさわしく思えてくる。
 真に桜花を守り抜けるのは自分ではなく、兄なのではないか……。

「伊織?」
 桜花の声が伊織をもの思いから現実に引き戻す。
「どうかしたの? 黙りこんでしまって」
「あ、いや、何でもない」
 迷いを断ち切るように伊織は首を振った。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み