第40話 仕度

文字数 548文字

「桜花どの」
 開け放った障子の向こう側から、和臣が声をかけてくる。いつものようにきちんと髪を結び、仕立てのよい羽織と袴を身につけている。
「和臣さま。散らかっておりますが、どうぞお入りくださいませ」
「失礼しますよ。お仕度は進んでおりますか。何かお手伝いすることはありませんか」
 着替えの装束を手に、桜花は感謝をこめて笑いかけた。
「お気づかい、ありがとうございます。でも、たいした物は持ちあわせておりませんし、わたしの仕度など簡単ですの」
 衣装を広げた合間をぬって、和臣は桜花の向かいに座る。
「今回の遠海行きは桜花どのの進言とうかがいました。みな喜んでおりますよ。特にお年を召した重臣の方々は」 
「朝夕はとても涼しいところですし、藤音さまのお加減もよくなられるとよいのですが……」
 藤音の身を案じながら桜花は言った。そのための遠海行きなのだ。
「そういえば、遠海には確か天宮のお屋敷があったはずですが」
「ずいぶん前に隠居した祖父が住んでおります」
「では、久しぶりに祖父どのにお会いできますね」
 桜花は明るくうなずいた。城下から遠海に移り住んだ祖父に会うのは、何年ぶりになるだろうか。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み