第55話 朝顔

文字数 547文字

 次の日、祖父と一緒に朝餉を取ると、巫女の礼装に着替え、桜花は九条の館へ向かった。
 館の門には番人もいるが、藤音の療養をかねての避暑なので、いたってのんびりした雰囲気である。
 門番は桜花の顔を見知っているので、軽く挨拶して通り過ぎる。
 館で自分に用意された部屋の位置はだいたいわかっている。中庭をぐるりと回ってそちらに行こうとした時だ。
 かたわらに朝顔の鉢を置き、縁側に所在なげに座っている姿を見て、桜花はまばたきした。
「隼人さま……」
 館の主がこんなところで、ひとりで何をしているのだろう。
 桜花が来たのに気づくと、隼人はほっとしたように笑いかけてきた。
「お待ちしていましたよ、桜花どの」
「わたくしを、でございますか?」
 不思議な思いで首をひねる桜花に、隼人は朝顔の鉢を示してみせる。
「実は、この鉢を藤音に届けようと思うのですが、ぜひ桜花どのに頼みたいと」
 よく手入れされた鉢植えの朝顔は、美しい薄紫の花を咲かせている。
 やっと状況を理解した桜花は、微笑しながら返答した。
「残念ながら、お受けできませんわ」
「え?」
 あっさりと断られ、今度は隼人が眼をしばたたかせる。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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