第130話 疑惑

文字数 588文字

 桜花は急ぎ、館へと向かう。
 近づくにつれ、疑惑は確信へと変わった。
 間違いない。あの中に鬼がいるのだ。
 門をくぐったところで伊織の姿が視界に入り、桜花はほっとした。まだ館では大きな異変は起きていないようだ。
 よく見ると伊織は上着の下、首や腕に包帯があてがわれていて、桜花はぎゅっと唇を噛んだ。自分のせいだ。
 伊織は桜花に気づくと、いつものように気さくな笑顔を向けてくる。
 が、桜花はすまない気持ちでいっぱいで眼を伏せてしまう。
「体はもういいのか?」
「ええ、わたしは大丈夫。それより、伊織……」
 申し訳なくて伊織の顔がまともに見られない。
「ごめんなさい。あなたを傷つけてしまったのは、わたしだわ」
「気にするな。この程度、かすり傷だ」
「和臣さまは……」
「兄上なら城下の屋敷に戻って療養中だが、命にかかわるような傷ではない」
 それでも大怪我であることには変わりない。
 うつむいたままの桜花に、伊織が静かな口調で告げる。
「兄上から伝言を頼まれている。今回のことは決して桜花のせいではない。非があるのは自分だと。だから桜花は気に病まないようにと」
 伊織の言葉に少しだけ安堵して、桜花はようやく顔を上げた。
「ありがとう、伊織」
 感謝をこめて瞳を見つめる。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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