第102話 混乱

文字数 550文字

「桜花!」
 とっさに飛び出した桜花を伊織が急いで追う。まただ。鬼の岩に近づくと、どうしてか額が灼けるように熱くなる。
 腕をつかまれて、ゆっくりと藤音は振り返った。
「そなたは……」
 桜花の必死な願いが通じたのか、虚ろだった瞳の焦点が合い、徐々に表情に生気が戻ってくる。
 ひとつ大きく息を吸い込むと、藤音は正気を取り戻した。
「わたくしは、ここは……」
 まばたきして周囲を見渡す。
「どうしてこのようなところに……」
 なぜ自分がこんなところにいるのか、藤音自身にも記憶がなくて、混乱しているようだ。
「無礼者! 放しなさい!」
 桜花に腕をつかまれているのに気づいて、振り払った刹那。
「あうっ……!」
 割れるような痛みが走って、藤音は両手で自分の頭をおおった。
 (まさき)が呼んでいた。確かに懐かしい弟の声だった。
 応えなくては、あの声に……。
 意識がふうっと遠のき、倒れこむ藤音を伊織が素早く抱き止める。

 ──オマエタチハ何者ダ!? 我ガ復讐ヲ邪魔ダテスル者ハ許サヌ!

 風がざっと激しく吹き、憎悪に満ちた思念があたりに反響する。
 復讐……以前にも聞き覚えのある言葉。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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