第110話 薬湯

文字数 555文字

「良薬口に苦しと申します。ここはこらえてお飲みくだされ」
 桜花の祖父に熱心に勧められ、藤音は思い切って椀に口をつけた。
 とたんに口の中いっぱいに苦さが広がったが、我慢して一気に飲んでしまう。これを何度も飲まされるくらいなら、一度ですませた方がはるかにましだ。
 椀を桜花に渡し、藤音は心の底からつぶやいた。
「……不味(まず)い……」
 顔をしかめる藤音の横で、桜花がこっそり耳打ちする。
「先日、わたくしも祖父に飲まされました。確かに効き目はありましたが、本当に不味(まず)うございました」
 うっほん、と祖父が咳払いする。
「桜花、聞こえておるぞ」
 何とはなしにおかしくて、三人はほんのり微笑する。
 少しでも藤音の顔に笑みが浮かんだことが、桜花には嬉しかった。
 祖父が来てくれたおかげで、場の空気がずいぶんと(なご)む。
 もう桜花も藤音も深刻な話はしない。祖父が熱心に語る薬草の効能に耳を傾けるだけだ。
 祖父の講釈を聞いているうちに、外で何人かの足音と話し声がした。中に伊織の声も混じっている。
 失礼します、と断ってから、桜花は立ち上がり、戸を開けた。案の定、真っ先に顔を出したのは伊織だった。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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