第57話 陽だまり

文字数 599文字

 隼人と桜花が部屋をたずねた時、ちょうど藤音は床から起きているところだった。
 庭から、鉢植えを手にやって来た隼人の姿を見て、藤音は眼をみはった。
 あまりに突然の訪問。
 考えてみれば、直接に顔を合わせるのは婚礼の夜以来だ。
「まあ、殿! 事前にお知らせくだされば、きちんとお出迎えいたしましたものを」
 弾んだ声を上げたのは如月だ。
 桜花が初めて藤音に目通りした時とは、態度がだいぶ違っている。どうやら藤音の幸せのために本気で腹をくくったらしい。
 あたふたとあたりを片づけようとする如月に、
「ああ、そのままで。急に来たのはわたしなのですから」
 と隼人は告げ、いたわりをこめて藤音にたずねかける。
「お加減はいかがですか。昨日は城からここまで駕籠に揺られて、お疲れになったでしょう」
 藤音は大丈夫ですわ、と返答した。
「思ったよりは楽でした。昨夜もとてもよく眠れました」
 それはよかった、と隼人がにこっとする。春の陽だまりのような笑顔だ。
「夜の間、波の音はうるさくありませんでしたか。わたしは好きですが、中にはあの音が気になるという者もいるので……」
 藤音はいいえ、と軽くかぶりを振った。
「わたくしもあの音は好きでございます。まるで子守歌のように心地よくつつみこまれる気がいたします」




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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