第89話 眠れぬ夜

文字数 534文字

 自分はどうしたいのか、自分でもよくわからない。
 ただひとつわかったのは、いつまでも今のままではいられないということだ。
 共に育ち、役目は違っても共に九条家に仕え、幼なじみとして三人で過ごしてきたけれど。
 この先、いずれは和臣も伊織も妻を迎え、別々の生活を営んでいくだろう。
 ──伊織も?
 伊織のかたわらに誰か、自分の知らない娘が寄り添っている。想像しただけで、ずきりと胸が痛み、やるせない想いが桜花を包みこむ。
 こんな時、母さまが生きていてくれたら……。
 桜花はそう考えずにはいられなかった。
 もし母がそばにいてくれたら、女同士として細やかな心うちまで相談できただろうに。
 でも所詮はかなわぬ願いだった。
 どう生きるのか、桜花はひとり自分だけで決めなければならない。
 夜が深まるにつれ、外は風が強くなっていく。
 波音に混じり、ごうっと吹きすさぶ風の音は、まるで鬼の()き声のように聞こえる。
 なぜだろう。岩の中の鬼の声はとても恐ろしいのに、どこか哀切な響きがこめられている気がする。
 眠れぬ夜。桜花はまんじりともせず、その音を耳にしていた。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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