第76話 癒す力
文字数 673文字
今日も勤めを終えて、伊織は桜花のところへ来てくれたのだ。
桜花は立ち上がり、帰り仕度を始めた。といってもほとんど身ひとつだ。
二人は門番に挨拶すると館を後にした。
少し歩けばすぐに広々とした海辺に出る。
潮風が以前より涼しく感じられた。もう盛夏も過ぎようとしている。
波の音を聞きながら、二人は並んでゆっくりと足を運んでいく。
「あの、もし……」
おずおずとした細い声を耳にしたのは、屋敷まで半分ほどの距離に来た時だった。
歩みを止めて振り返ると、そこには質素な身なりの女が立っていた。
反射的に伊織は刀の柄に手をかけたが、相手を確認するとすぐに手を放した。ひと目で地元の者とわかる。おそらくは漁師の女房だろう。
「もしや、あなたさまは天宮の巫女、桜花さまではございませんか?」
女は胸の前で両手を合わせ、おそるおそるたずねかける。
とまどいつつも、ええ、と桜花が返答すると、女はすがるように訴えてきた。
「子供が熱を出して苦しんでおります。家中の銭をかき集めて薬師にも診せましたが、原因がわかりません。天宮の巫女は病を癒す力があると聞いております。桜花さま、どうかお助けくださいませ!」
「子供が……?」
桜花は当惑して伊織の方を見た。が、とまどっているのは伊織も同じだ。
天宮と桐生、二つの家は親しかったから、幼い頃から桜花を知っている。
だが伊織は桜花が病気を癒すところなど見たことがない。桜花自身、やったことがない。
桜花は立ち上がり、帰り仕度を始めた。といってもほとんど身ひとつだ。
二人は門番に挨拶すると館を後にした。
少し歩けばすぐに広々とした海辺に出る。
潮風が以前より涼しく感じられた。もう盛夏も過ぎようとしている。
波の音を聞きながら、二人は並んでゆっくりと足を運んでいく。
「あの、もし……」
おずおずとした細い声を耳にしたのは、屋敷まで半分ほどの距離に来た時だった。
歩みを止めて振り返ると、そこには質素な身なりの女が立っていた。
反射的に伊織は刀の柄に手をかけたが、相手を確認するとすぐに手を放した。ひと目で地元の者とわかる。おそらくは漁師の女房だろう。
「もしや、あなたさまは天宮の巫女、桜花さまではございませんか?」
女は胸の前で両手を合わせ、おそるおそるたずねかける。
とまどいつつも、ええ、と桜花が返答すると、女はすがるように訴えてきた。
「子供が熱を出して苦しんでおります。家中の銭をかき集めて薬師にも診せましたが、原因がわかりません。天宮の巫女は病を癒す力があると聞いております。桜花さま、どうかお助けくださいませ!」
「子供が……?」
桜花は当惑して伊織の方を見た。が、とまどっているのは伊織も同じだ。
天宮と桐生、二つの家は親しかったから、幼い頃から桜花を知っている。
だが伊織は桜花が病気を癒すところなど見たことがない。桜花自身、やったことがない。