第60話 囲碁

文字数 572文字

 明日は祖父の屋敷から書物でも持ってこよう、と思った矢先。開け放った障子の向こうから伊織がやって来るのが見えた。
 伊織も和臣も主な任務は隼人の身辺警護である。
 しかし隣国との戦も終わり、領内はいたって平穏ときては、あまりやることがないのは桜花と同じだ。
 伊織は桜花の部屋の前まで来ると、片手を上げて笑いかけた。
「暇そうだな、桜花」
「お城にいる時はのんびりしたいと思っていたけれど、いざとなると時間が余ってしまって。あなたは? 伊織」
 そうでもなかったな、と伊織は腕組みした。
「けっこう忙しかったぞ。ご家老さまの囲碁の相手を延々とさせられたし」
「囲碁?」
「年かさの重臣たちが囲碁だの将棋だのを持ちこんでは、若い家臣たちの中から相手を探しているんだ。一度つかまると、なかなか放してくれなくて困る。ようやく勝負がついて解放されたところだ」
 腕組みしたまま、はあ、と大きなため息をつく。
「和臣さまも?」
「いや、兄上は頭が良すぎるので、対戦相手としては敬遠されているようだ。俺くらいの手合いがちょうどいいらしい」
 まあ、と声に出して桜花は笑った。
 白河との戦の頃には考えられなかった光景だ。それだけ平和になったということなのだろう。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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