第126話 嗚咽

文字数 605文字

「あの二人に怪我を負わせてしまったのは、わたしなのです」
「そなたが?」
「封印は破られ、鬼は解き放たれました。その鬼が和臣さまに憑りつき、わたしは自分を守ろうと無意識のうちに力を使いました。でも一度、発動した力は自分でも制御できず、和臣さまばかりか伊織まで……」
 桜花は口ごもった。あの時の恐怖が生々しく迫ってきて、身体が震え、言葉が出ない。
 祖父は怯える桜花に穏やかに語りかける。
「もうよい。大方の察しはつく。無理に話さなくてもいいのじゃよ」
 桜花はすがるように祖父を見つめた。
「わたしは自分が恐ろしいのです。本来ならこの力は人々を護り、癒すためのもの。なのに逆に人を傷つけてしまうなんて……」
 母が生きていたら、きっと嘆いただろう。思い出の中の母は優しく微笑み、苦しむ人々を癒していたのに。
 二人きりの静かな部屋の中、桜花の嗚咽が途切れ途切れに響く。  
 桜花の祖父、十耶(とおや)は、慰めの言葉すら思いつかない自分がもどかしかった。
 長い年月を生きてくると、人は大概の出来事には動じなくなる。十耶も同様だ。
 だが、こと桜花に関しては別だった。
 たったひとりの孫娘が身も心も傷つき、泣いている姿を見るのは忍びない。
 何か、桜花のためにできることは……思案する十耶の頭に閃くものがあった。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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