第91話 みゆ

文字数 649文字

 いくら探してみても詳細は見つからず、桜花はあきらめて古文書を閉じた。
 小さく息を吐いて頬づえをつく。
 部屋の外は相変わらず人々が動き回る気配がしている。
 そういえば、みゆは今頃どうしているだろう。
 みゆ、とは桜花が保護した小鳥につけた名前である。出仕している間は祖父が世話をしてくれている。
 桜花は文献を脇に寄せ、じっと自分の両手を見つめた。
 ──治せないのか?
 夜の間は自分の身に起こった出来事で頭がいっぱいで忘れていたのだが、明け方、ふっと伊織の言葉を思い出し、桜花は寝床から起き上がった。
 鳥籠にかぶせた布を静かに外すと、みゆはもう起きていて、つぶらな瞳を向けてくる。
 桜花は鳥籠の扉を開け、中に手のひらを差し入れた。
「もしかしたら、あなたの怪我を治せるかもしれないわ。みゆ、籠から出てきて」
 気持ちが伝わったかように、みゆはひょいと桜花の手のひらに飛び移った。右側の羽の付け根には、血がにじんだままになっている。
 桜花はみゆを乗せた手を籠から出し、もう一方の手をそっとかぶせて小さな体を包みこんだ。
 眼を閉じて意識を手のひらに集中し、傷が癒えるようにと強く念じる。
 少しずつ手が暖かくなり、自分の身体の中から、「気」が流れこんでいくのを感じる。
 やがて桜花はゆっくりとまぶたを開け、おおった片手を外して、手の中の白い小鳥を見た。
 みゆの傷は、きれいに治っていた。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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