第108話 本当のこと
文字数 594文字
岩の中の鬼は言っていた。藤音は所詮、人質だと。
しかし、違う。鬼の言葉は事実ではない。桜花は本当のことを知っている。だから真実を伝えなくては、と思ったのだ。
だが、藤音はあっさりと言ってのけた。
「わかっているわ、そのくらい」
「え?」
意外な返答に、桜花は再び眼をまるくする。
「最初こそ疑っていたけれど、すぐにわかったわ。殿はそのようなことは全く思っておられないと」
とまどう桜花にはかまわずに、藤音は半分ひとりごとのように続ける。
「あの方はとてもまっすぐで、のびやかで、輝くような方。わたくしにはまぶしすぎるほど」
藤音は眼がしらに手を当てた。でないと涙がこぼれてしまいそうで。
「では、ご承知でおられるのですね」
「ええ」
「でしたら、もうお二人を隔てるものは……」
桜花が言い終わらないうちに、藤音は横になったまま、かぶりを振った。
「だめなの。どうしても忘れられない。柾が許してくれないの」
柾とは、先刻、藤音がうわごとで口にしていた弟の名だ。
桜花は沈黙するしかなかった。弟の件は偶然に知ってしまったことだ。自分が軽々しく口にするわけにはいかない。
隼人の誠実な優しさと、討死した弟の無念さ。ふたつの狭間で藤音の心は揺れ動き、引き裂かれそうになっているのだ。
しかし、違う。鬼の言葉は事実ではない。桜花は本当のことを知っている。だから真実を伝えなくては、と思ったのだ。
だが、藤音はあっさりと言ってのけた。
「わかっているわ、そのくらい」
「え?」
意外な返答に、桜花は再び眼をまるくする。
「最初こそ疑っていたけれど、すぐにわかったわ。殿はそのようなことは全く思っておられないと」
とまどう桜花にはかまわずに、藤音は半分ひとりごとのように続ける。
「あの方はとてもまっすぐで、のびやかで、輝くような方。わたくしにはまぶしすぎるほど」
藤音は眼がしらに手を当てた。でないと涙がこぼれてしまいそうで。
「では、ご承知でおられるのですね」
「ええ」
「でしたら、もうお二人を隔てるものは……」
桜花が言い終わらないうちに、藤音は横になったまま、かぶりを振った。
「だめなの。どうしても忘れられない。柾が許してくれないの」
柾とは、先刻、藤音がうわごとで口にしていた弟の名だ。
桜花は沈黙するしかなかった。弟の件は偶然に知ってしまったことだ。自分が軽々しく口にするわけにはいかない。
隼人の誠実な優しさと、討死した弟の無念さ。ふたつの狭間で藤音の心は揺れ動き、引き裂かれそうになっているのだ。