第16話 父と娘

文字数 507文字

 白河の完膚(かんぷ)なきまでの敗北の後、草薙からの使者は告げた。
「わが主は和睦の確かな証として、藤音姫との縁組を望んでおられます」
 九条家からの申し出は、林宗久にとっては屈辱でしかなかった。彼が心から慈しんできた愛娘を差し出せというのだ。
 だが現状では断るなど、到底許されない話だった。
 その夜、父と娘は二人きりで向かいあった。
 ──すまぬ、藤音。行ってくれるか。
 深く頭を下げる父に、藤音は静かに答えた。
 ──お顔をお上げください、父上。家のため、白河のため、藤音は喜んで草薙にまいります。
 藤音は父が好きだった。傍目にはいかつい武将だが、母亡き後、再婚することもなく、自分と弟を愛してくれた優しい父だった。
「藤音さま?」
 いつの間にか物思いにふけっていた藤音は、如月に呼ばれてはっと我に返る。
 如月は神妙な顔つきで藤音に白い着物を手渡した。
「夜着にお着替えを」
「ああ……そうね」 
 藤音は真っ白な夜着に袖を通し、豊かな髪を如月が()く。静かに、淡々と時間が流れてゆく。
 すべての身仕度が整うと、藤音は如月を初めとする侍女たちを見渡し、うっすら微笑してみせた。
「如月、それに皆、こんなところまでついてきてくれてありがとう」




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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