第125話 涙

文字数 545文字

 桜花が意識を取り戻したのは、天宮の屋敷だった。見慣れた自分の部屋に寝かされ、枕もとには祖父の姿。
「おお、眼が覚めたか、桜花」
「おじいさま……」
「心配したぞ。そなたは丸一日眠っていたのだよ」
 体が鉛のように重い。まぶたを開けているのさえ、しんどく感じられる。
「わたしは、どうして……」
 まだ頭がぼんやりしていて状況がよくつかめない。
「伊織どのが意識のないそなたを連れて帰ってきた時は、まこと驚いたぞ」
 ──伊織。
 その名に記憶が鮮明に甦る。
「伊織は !? 和臣さまの怪我はどうなのですか !?
 とっさに身を起こそうとして眩暈に襲われ、桜花はどさりと寝床に横たわった。
「これこれ、無茶をするでない。そなたを連れて来た時には伊織どのも傷だらけで、わしもあわてたが、幸い、傷はみな浅かった」
「和臣さまは……」
「うむ、和臣どのは肩から背にかけて深手を負ったが、命に別状はないとのことじゃ。今はまだ床についておられるそうだが」
 横になったまま、桜花は両手で顔をおおった。つうっと涙が頬を伝い落ち、祖父が心配げにたずねてくる。
「いかがした、桜花? いったい何があったのじゃ」




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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