第31話 藤音の告白

文字数 503文字

 生命力にあふれる赤い花を眺めていた藤音は、ふうっと息をついた。
 生きていてください、と隼人は言ったけれど。そんな気力さえ失われてしまった気がする。
「ねえ、如月」
「何でございましょう」 
「もし死ぬとしても……病で死ぬのであれば、和睦(わぼく)は破れることはないわよね」
 日頃は物事にあまり動じない如月だが、この時ばかりは団扇をあおぐ手を止め、思わず叫んでいた。
「何をおっしゃいます!?  縁起でもない!」
 いいのよ、と藤音は力なく微笑する。
「本当なら、わたくしは婚礼の夜に死んでいたはずだった。如月たちにも内緒でこっそり懐剣を隠し持ち、(まさき)の仇を討って自害するつもりでいたの」
 初めて打ち明けられた話に如月は仰天した。まさに青天の霹靂(へきれき)である。
「でも、失敗した。殿は言ったわ。自分たちのうち、どちらが死んでも和睦は破綻して再び戦が起きると。だから生きろと。けれど、もう疲れてしまった……」
 我が身の迂闊(うかつ)さを呪いながら、如月は寝床に横たわる藤音を凝視した。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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