第147話 敵意

文字数 572文字

 声は毅然としていながらも慈しみに満ちていた。
 おそらく父の最期の言葉だったのだろう。
 母が悲しむ姿は見たくなくて、いつしか父の話題は避けるようになっていた。
 泉の水面に映る自分の姿は、母とはまるで似ていなかった。
 銀の髪。薄青い瞳。二本の角。
 己の姿を眼にする度、母を不幸にしているのは自分なのだと思った。
 やがて母が病に倒れた。薬師もおらず、薬もないまま、症状は日ごとに重くなり、今わの際で母は遺言のように告げた。
 ──決して人と関わってはなりませぬ。
 そう言い残して母が息を引き取ると、半月に一度届けられていた物資も途絶えた。
 母という絆が失われた時、浅葱は完全に九条家に見捨てられたのだ。
 まだ子供だった浅葱は途方に暮れ、思い切って里に降りてみることにした。それまでは森の中という閉ざされた狭い世界しか知らなかったのだ。
 しかし里に降りた浅葱を待っていたのは、村人の凄まじい敵意だった。
 化物と罵られ、石を投げつけられ、棍棒を持って追い回された。
 誰にも何もしていないのに、なぜこれほどまで忌み嫌われねばならないのか。
 浅葱は必死に逃げ、かろうじて隠し里に戻ってきた。待つ者とていない、ひとりぼっちの古びた屋敷に。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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