第77話 鬼の仕業

文字数 650文字

 しかし我が子の身を案じ、必死に助けを求めてくる母親をむげにはできなかった。
「家はどちらです?」
 とにかく子供の容態を見てみよう、と桜花は思った。
 祖父は薬草に詳しい。その辺の薬師などより、はるかに腕がよい。
 先日、瘴気を浴びて体調を崩した桜花の回復が早かったのも、祖父の薬湯のおかげだった。
 子供の様子がわかれば、症状を伝えて祖父に薬湯を作ってもらえるだろう。 
 自分には何もできなくても、そうすれば役に立てるはずだ。
 母親に案内され、二人は浜辺の家へ急いだ。たどり着いたのは家というより、小屋といった方が正しい粗末な建物だ。
「みすぼらしい所で申し訳ございません……」
 母親はひたすら恐縮しながら、ぎぃ、と音をきしませて小屋の戸を開ける。
 薄暗い室内に足を踏み入れて、あたりに漂う瘴気に桜花は顔をしかめた。
 小屋の一番奥に年端もゆかぬ男の子が寝かされている。熱のせいだろう、大粒の汗を浮かべ、荒い呼吸をしている。
 そして、その体から、禍々しい「気」が発せられている。
「症状が出たのはいつからなのですか?」
「三日ほど前からでございます。大岩のところで遊んでいて、帰ってきたら急に……」
 桜花の肩がぴくりと動く。
「あの鬼封じの岩ですね?」
 母親は身をすくませ、首を縦に振る。
「本人がそう申しておりました」
 桜花はぎゅっと唇を噛んだ。間違いない、これは岩の中の鬼の仕業だ。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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