第175話 声の主

文字数 427文字

 返事はない。額を寄せ、切なく名を呼ぶ。
「桜花……!」
 もう一度、声が聞きたい。笑顔が見たい。
 何という皮肉だろう、と伊織は自嘲した。今頃になって愛しい者を失った浅葱の痛みがわかるとは。
 苦い想いを噛みしめる伊織の耳に、不意に細い声が入ってくる。
 ──……の血を継ぐ者よ。
 伊織は不審げに周囲を見回したが、部屋の中には自分たち二人だけしかいない。
 一瞬、幻聴かとも思ったが、声は先刻よりはっきりと呼びかけてくる。
 ──龍の血を継ぐ者よ。わたくしをここから出してください。
 ようやく伊織はこの部屋にいるもうひとつの存在に気づいた。
 声の主は鳥籠の中。以前、屋敷への帰り道で、怪我をしているところを保護した白い鳥だ。確か桜花が、みゆ、と名づけていた。
 人の言葉で語りかけてくる小鳥に不思議と違和感はなかった。琴の音色のような心地よい声。
 請われた通り、鳥籠の扉を開けて出してやると。
 たちまち小鳥は光に包まれ、ふわりとした衣をまとった美しい女人に姿を変えた。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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