第85話 縁談

文字数 580文字

 これで用事は全部だ。小鳥のこと、子供の薬湯のこと。今話しておかないと、後になったら忘れてしまいそうだ。
 部屋に上がっても、桜花は中をうろうろと歩き回ってきた。くわしい話を祖父に確かめたいのだが、どう切り出したらいいものか、糸口がつかめない。
 祖父はそんな様子の桜花を、呆れたようにたしなめる。
「これ、桜花。何をそわそわしておる。もっと落ち着いてここに座りなさい」
「……はい」
 祖父の言葉に従い、桜花は向かいに正座する。
 鳥籠を探してくるように下働きの者に指示すると、祖父は再び桜花に視線を戻し、口火を切った。
「先ほど、桐生の和臣どのが来られたが」
「存じております。ちょうど帰り際にお会いしました」
「では、例の件はもう聞いたのか?」
 桜花はこくりとうなずいた。
「なら話は早い。和臣どのがそなたを正室に迎えたいとおっしゃっておる」
「……」
 返事のしようがないまま、とりあえず一番大きな疑問を口にする。
「あの、和臣さまはなぜ急に、そのようなお話を……」
「何でも母御が殿の婚礼以来、すっかり嫁を取る気になられてな、あちこちから縁談を持ってきて、すっかり辟易(へきえき)されていたようで」
 そういえば、伊織がそんな話をしていたような気がする。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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