第90話 文献

文字数 609文字

 翌日は寝不足気味のまま、桜花は九条の館に出仕した。
 祖父は顔色の冴えない孫娘を心配したが、このくらいの私事で休むわけにはいかない。
 館で和臣や伊織に会ったら、どんな顔をすればいいのか。大いに悩んだが、とにかくいつものように巫女の礼装で出かけていく。
 その朝は館に着いても和臣にも伊織にも出会わなかった。桜花は内心ほっとしながら自室に入る。
 館では人々がそれぞれの役目についていた。掃除をする者、衣装を干す者、調理場で働く者、暇なので囲碁やら将棋やらを持ち出す年かさの重臣たち。
 あちこちでがたがたと動く音が聞こえ、普段と変わらぬ一日が始まろうとしている。
 何か鬼封じの岩の手がかりがないかと、桜花は祖父から借りてきた古い文献を文机の上に広げた。
 色褪せた紙に綴られた文字はかすれて読みづらかったが、ほどなく気になる箇所を見つけた。
 かつてこの地にあった九条家の城が出火して全焼し、多くの犠牲者が出たというのだ。
 (いくさ)でもないのに、城が炎上した?
 奇妙な感じがした。
 火の不始末などがあったのかもしれない。
 だが、そんな理由だけで広い城のすべてが焼け落ちるものだろうか。
 しかし記録はそれだけだった。
 なぜ? どのように? 本当に知りたい経緯は、覆い隠されているかのように記されていない。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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