第122話 かなわぬ望み

文字数 555文字

 ──時にはかなわぬ望みすら、闇に呑まれる時がある。
 以前聞いた、祖父の言葉が脳裏に浮かぶ。
 悪夢をみているようだった。いつも気にかけてくれた。優しくてしてくれた。なのに……。
 今の和臣は正気を失い、力づくで桜花を自分のものにしようとしている。
 桜花がいくら力をこめても男の体はびくともしない。せわしなく身体をまさぐる指。うなじにかかる荒い息づかい。
 逃れられない。絶望が心を凍てつかせる。
 白い上着の胸元が乱暴に広げられ、声にならない叫びが桜花の唇から洩れる。
 ──伊織……助けて……。
 そして桜花の恐怖と絶望が頂点に達した刹那。
 心臓がどくん、と大きく脈打ち、凄まじい風が巻き起こった。
 風は桜花を取り囲むようにして渦を巻き、真空の刃となって周囲のすべてに襲いかかる。
「うわっ!」
 その刃に肩から背にかけて大きく切り裂かれ、和臣が倒れ伏す。同時に宿っていた黒い影が離れ、姿を消していく。
 和臣の傷は深かった。鮮血がみるみる床を染めていく。
 しかし桜花は動けなかった。鬼が去り、和臣が傷を負っても。
 なぜなら桜花を取り巻く風は荒れ狂い、もはや桜花自身にも制御できなくなっていたのだ。 




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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