第86話 嫁ぐためには

文字数 568文字

「母御があまりに熱心なので、つい自分の妻くらい自分で選ぶと言ったところ、ならば想う相手は誰だと問いつめられ、そなたの名が出たらしい」
「はあ……」
 桜花は間の抜けた相槌を打った。納得できたような、できないような……。
「ですが、おじいさま、わたしは九条家に仕える巫女。誰かのもとへ嫁ぐなどということが許されるのでしょうか」
 そこへ鳥籠が運ばれて来た。ひとまず小鳥を籠へ移すと、祖父はうむ、とうなって腕組みをした。
「和臣どのもそのことを気にかけておられた。だからこそ、わしのところへ相談に来たのじゃよ」
 今のままでは無理であろう、と祖父は断言する。
「嫁ぐためには巫女の座を降りねばならん」
「巫女の座を……」
 桜花は祖父の言葉を鸚鵡(おうむ)返しにつぶやいた。
 今まで考えてみたこともなかった。天宮の家に生まれた娘は、当然のように巫女になるものだと教えられてきたからだ。
 とまどうばかりの桜花に、そう深刻にならずともよい、と祖父は穏やかに語りかける。
「そなたの持つ破魔の力は生まれつきのもの。たとえ巫女の座を降りて嫁いだとしても、力は消えることはない。安心するがいい」
 桜花はそっと手を握る。自分の中の、不確かな「力」……。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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